島ぐらし郷土料理紀行

長崎の離島「壱岐」に郷土料理修行してきました。今は東京と島を行ったり来たりしつつ、東京の人に郷土料理を通して壱岐を知ってもらおう活動中。 職人堅気な渋い親父さん、チャキチャキの女将さん、東京から島に嫁いだ若女将と、東京っ娘akk^o^の活き物語りです。毎日いろんな旨い物や人々との出会いと発見があります。

グルメお取寄せ - 壱岐もの屋

島での別れはフェリーで

とうとうこの日が来たね。
壱岐から離れる日が。

親父サンは旅館前までしかお見送りしてくれなかったよ。
お互い言葉もでないね。
目と目を合わせて微笑むだけ。
2人らしい最後だね。

壱岐もの屋の皆さん&殿川先生ご夫妻はフェリーの船着き場までお見送りして下さったよ。

末永おばちゃんに何度もお礼を言おうと近づいても、すぐそっぽ向いてあっち行けって手を払うよ。
「どうして?いつも厨房でおばちゃんの背中に抱きついてたakkoを今日は追い払うのさ。」って言っても「いいから、みんなのところに行ぃ。」って。
でも目が真っ赤で背中が震えているよ。

丸谷おばちゃんたら「なんで自分の子供でも泣いたことないのにアンタにこんなに泣かないけんのかね。」って泣きながら笑い、そしてakkoに文句を言うよ。

江坂さんはただただ泣いてくれてる。
お父さんを不慮に亡くして悲しみに暮れているところにヒョッコリakkoがやってきて「お父さんにできなかったことをakkoちゃんに。」ってなんかいっぱいご飯食べさせてくれたりお小遣いくれたりして。
「こんなことしてもらってもakkoは恩返しなにもできないよー。」って言っても
「東京に戻ったら時々お手紙くれるだけでいいから。」って。

サッチンは。
「ありがとう」って、ただそれだけで総て通じる二人なのかもしれない。

出会えたことも(神様ありがと!)、壱岐に私を受け入れてくれたことも(サチありがと!)、壱岐に行ったことも(自分の勇気に感謝!)、お互い苦しんだり笑ったり。。。
でも築いてこれたね。やってこれた。
サチは社長で企画。私は厨房で。二人でじっくり話す時間なんてほとんどなかったけど、なぜか通じていて、同じ先を見ていたから。
今日、この日に同じ感動を味わえているよ。

「私たちはやっと第1ステージを終えたばかり。まだまだ第10幕最終ステージまで駆け上がるよ!」って笑い泣き。

サチは壱岐で、akkoは東京で同じ夢をみている。

田舎を壱岐を豊かにする。
田舎で東京を潤す。
人は、田舎に還る。

フェリーのお別れはなんとも郷愁をそそるから良いね。
たくさんの紙テープを投げてもらったよ。
フェリーがゆっくり動き出し、皆のテープが切れて空を舞う瞬間「あぁ、もう自分は壱岐から離れたんだ」と涙がどっと溢れてしまった。
20060618_フェリー.jpg


大きく見える島がどんどんと小さくなっていくよ。

日時: 2006年06月18日 23:18

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