島ぐらし郷土料理紀行

長崎の離島「壱岐」に郷土料理修行してきました。今は東京と島を行ったり来たりしつつ、東京の人に郷土料理を通して壱岐を知ってもらおう活動中。 職人堅気な渋い親父さん、チャキチャキの女将さん、東京から島に嫁いだ若女将と、東京っ娘akk^o^の活き物語りです。毎日いろんな旨い物や人々との出会いと発見があります。

グルメお取寄せ - 壱岐もの屋

スピリチュアルな食卓

今日は、実は美輪明宏さんのコンサートに行ってきました。
元々は母と姉が行く予定だったのだけれども、私が代わりに行くことになりまして。

コンサートのテーマが「愛」だそうで。
ご挨拶にて。

【近頃の日本では、抒情的な言葉達がどんどんと迫害を受け、
種類も少なくなって参りました。それとひきかえに聞くだに
おぞましい凶暴な造語が我がもの顔でのし歩いて居ります。

したがって、大正ロマンや昭和モダンの仄やかな匂いを残す
「やるせない」「せつない」「ひたむき」「一途」「たゆたう」「たしなみ」
等々の言葉やムードの唄もニューミュージックの時代を最後に、
日本から消えてしまいました。】云々。。。

確かにね〜。
「オーラの泉」しか知らなかった私ですが、美輪さんは、表現者であり伝道者なのだなと感じました。ニューミュージックの唄は美しい乙な言葉がいっぱい詰まっていました。弦楽器の音を「ロンロン」と表現したり。

唄一つ一つに自分との関わりや思い出を語り、ただ踊って歌詞を語るのと違って、唄を表現しているというか、一曲一曲ショートミュージカル劇のようでした。


料理も然り。

と思うのです。

最近は「食育」「健康」「本物」が一人歩きしていてお店も「○○産」「産地直送」「ソムリエ」なるキャッチコピーがどのお店も謳歌しています。

でも、ね。

私は、肩書きやデータより、どんな料理にもストーリーを求めてしまうのです。
私が文学部出だからというのも大いに関係しているのかもしれませんが、どんな料理・食材でも、目の前の食べ物に物語を創って(物語に気づいて)食べて欲しいのです。

サンマの塩焼きが食卓に出ると、きまってお父さんがくだらない思い出話を語る。「父さんはサンマの食べ方だけにはうるさいぞぉ」なんてね。いつも同じ話。「もう耳にタコだよー!」「それしかないの!」って娘達からブーイング。

でもさ、親元を離れてスーパーでサンマを見かける度に父親のその陽気な姿を思い出す。

不思議だね。眠ってた耳のタコが踊り出すのさ。

サンマにまつわる話、家族でも恋人でも友達でも。んにゃ、自分自身にも語って聞かせてよ。あなたが食べるものだから。あなただけの物語を綴ってよ。

それを聞いた人が、またそこに自分のストーリーを重ねて語る。

そうして語り継がれていくよ。
あなただけの物語が。
形の残らない食べ物ものだからこそ。
それが真実であり歴史。存在の証なのです。

それが、「愛」です。

日時: 2007年09月10日 01:46

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