ある母の日の物語
日本の「国生み神話」で五番目の島として創られ、その名も「天の一柱」(あまのひとつばしら)として神様が降りる為の唯一の柱があったとされる壱岐島。
その日も、空から神様が降りてきて天使を連れていかれたのでしょうか。
「今年も孫から『母の日』の届けもんがきたったい。今回はお茶セット。」と嬉しそうに語る【壱岐もの屋】の末永おばちゃん。
「えー、お孫さんから?娘さんからじゃなくて?」
「そうそ。しかも天国から届くとよ。なにせ孫は13年前に6歳で死んでしもーたけん。」
壱岐の島は働き者が多く、大体の夫婦が共働き。子供の面倒は祖父母がして若い女性は働きに行くのが一般的です。末永おばちゃんも娘さんの息子さん(当時6歳)を預かっていて、夫婦で目に入れても痛くないほど可愛がっていたのだというよ。
そしてその日。例えようもなく空がどよんと重く低かった。
縄跳びしてくると出ていったっきり17時回っても帰って来ないのを心配して一族近所総出で捜索したところ・・・近くの海で縄跳びが見つかり、やがてその子も冷たくなってあがったそうだよ。
水を飲んで溺れた形跡がなく、美しいままの姿だったそうです。
だから何度も抱き揺すりながら名前を呼んだけれども・・・
ついに息を吹き返すことはなかったのだと。。。
自分が預かった時の事故だったこともあり、火葬場で泣き崩れる母親(娘)さんの肩を抱きしめてあげることもできず、ただ声をこらえて涙を流し続けるしかなく、そして事故のショックから末永おんちゃんは声がでなくなってしまったそうだよ。
それから四十九日。
位牌の前で黙って座っている末永おんちゃんを見た娘婿さんが、「お義父さん、孫は○○(亡くなった子)だけじゃないとよ。他の孫の顔も見てくれんね。」と涙ながらにおんちゃんの肩をポンポンと叩いた途端に、あっと声が出るようになって「そうやたね。」とそれから少しずつ笑顔も出るようになたというよ。
「あの瞬間は不思議なもんやったよ。それまでは死んだ孫がおんちゃんについていたのかもしれんね。父ちゃんに言われて○○も『あぁそうや。 自分は死んだんやった。下の兄弟にじいちゃんを渡さんと』と思ったのかもしれんね。」
それから母の日が来て、なんと死んだお孫さんの名前で贈り物が届いた時はビックリしたのなんのでまた涙が止まらなかったそうだよ。実のところは、末永おばちゃんに心悼めないで欲しいと娘婿さんが感謝の気持ちも込めて毎年子供の名前で送ってくれているそうだよ。
「もう死んで13年にもなるけん、よしてくれれと言うのだけれどね。」
といいつつ、毎年のこの日を語る末永おばちゃん。
私も壱岐に来て3年、毎年母の日は壱岐島にいるのでこの話を聞くのはもう3回目。
毎週末お孫さんのお墓参りは欠かせないそうだよ。
末永おばちゃんの心にはいつもお孫さんが生きている。
ここは玄界灘は「壱岐」の島。
生きと逝きが往来している島。涙と笑顔と共に。

<快晴の湯ノ本湾>
日時: 2008年05月10日 09:12
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